ゼロックス買収で「もう1頭の牛」を手にする富士フイルム——斜陽産業を生かす戦略とは – BUSINESS INSIDER JAPAN



富士フイルムが米ゼロックスを買収することが発表された。富士フイルムはアメリカでも各種の事業を行っているが、かつての写真フィルム分野ではコダックが圧倒的に強かったこともあり、アメリカでは消費者ブランドとしてはそれほど浸透していない。

一方、ゼロックスの業績は長期低落を続けており、ニュースになるような技術やプロダクトもここしばらくない。

ゼッロクスCEO、ジェフ・ジェーコブソン氏

大企業が斜陽化する自社の既存ビジネスを新規事業投資で立て直すハードルは高い。

LucasJackson/Reuters

富士フイルムホールディングスの古森重隆会長

ゼロックス買収の会見に臨む富士フイルムホールディングスの古森重隆会長。

Kim Kyung-Hoon/Reuters

今回の買収についても、アメリカではそれほど大きなニュースとして扱われていない。出ている記事はもっぱら、「ゼロックスする(書類などをコピーするという意味)」という動詞にまでなった、100年の歴史をもつ会社が消滅するというノスタルジックなものが中心で、実質的なビジネス界へのインパクトではない。

ゼロックスが、ジリ貧の複写機やドキュメント・ビジネスから脱皮できなかったことを揶揄するのは簡単だが、ゼロックスもただ黙って手をこまねいていたわけではない。かつて隆盛を誇った産業が斜陽化するときに、多角化して生き残るのは、当事者にとって難しいことだ、というのがこの事例を見ていてよくわかる。

買収した側の富士フイルムも、一時は「写真フィルム」という儲かる商売が、あっという間に斜陽化する事態に直面した。アメリカで圧倒的に強かったコダックは、そこから抜け出せずに没落した。

そしてその時「多角化」で生き残った富士フイルムは今回、その斜陽産業である複合機ビジネスにさらに突っ込むわけである。どういう勝算があるのだろうか?

厳しい多角化の現実

ゼロックスの「多角化失敗」としてアメリカの報道でよく引き合いに出されているのが、1970年代のPARCの件だ。

1970年、同社はシリコンバレーに新しい技術を開発するための研究所、PARCを開設した。ここで、マウスやグラフィックインターフェースなどの画期的な技術を生み出したが、自社で市場に出したパソコンは高すぎて全く売れなかった。その代わり、スティーブ・ジョブズがアップルのマッキントッシュにこれらの技術を取り込んで、コンピューターに大革命をもたらしたが、PARCはこの恩恵を全く受けられなかった。

parcの看板

ゼロックスはPARCで先進的な研究を進めたが、多角化に生かすことはできなかった。

撮影:海部美知

もっと最近では、2009年にテクノロジー・アウトソースがA.C.S.社を64億ドルという同社史上最大の額で買収した例がある。ドキュメント事業で持っている販路やノウハウを活用して新事業に出ようという目論見だったが、結局うまくいかず、2016年にスピンオフ(分社化)する結果になった。

今どきコピー機に参入しようというプレイヤーはいないので、実はゼロックスは大企業顧客セグメントで競争がほとんどない状態だ。このためドキュメント事業は、売り上げは少しずつ減っているが、粗利益は今でも40%を維持する、たいへんおいしいビジネスである。経営理論ではこういう事業を「キャッシュカウ」とよぶ。成長はしないが、じっとしていればキャッシュというミルクをどんどん出してくれる牛、というわけだ。

これに対し、新規に始めたり多角化目的で買収したりする事業では、既存事業に比べて規模も小さく、また社内にノウハウもリソースもないため、これほどの利益をいきなり出せない。

ゼロックスの社屋

「キャッシュカウ」を持ちながら、新規事業に参入できなかったゼロックス。

Vasily Fedosenko/Reuters

このため、「始めてみたものの、こんな儲からない事業に、これ以上カネも人もかけられない」という経営判断になりがちだ。ゼロックスの場合、カール・アイカーンなどの*アクティビストがプレッシャーをかけた経緯もあるが、同社自身の判断でスピンオフを決めたと表明している。本業があまりに優秀なために、他に何をやっても見劣りがするというこの現象を、ニューヨーク・タイムズの記事は「competency trap(有能の罠)」と表現している。

アクティビスト:保有する株式を裏づけとして、投資先企業の経営陣に積極的に提言をおこない、企業価値の向上を目指す投資家(野村証券より)

このスピンオフの後に発表された、ゼロックスの「2016年以降の戦略」というプレゼンテーションを見ると、見事なまでに、ドキュメント/プリンティング事業しかない。より小型の製品に参入するとか、保守や消耗品も含めた契約による「マネージド・プリンティング・サービス」を拡大するなどと謳っているが、基本的には既存事業の延長である。

結局、長年得意としてきた事業に投資し続けるのが、最も投資対効果が良いというのが現実なので、そこから抜け出すことは、精神論ではなんとでも言えるが、経営的にとても難しい。アップルはコンピューターからiPhoneに脱皮できたが、これはジョブズのカリスマと剛腕のおかげであり、誰にでもできることではない。

これは必ずしも株主の発言力が大きいアメリカだから、という他人事ではない。私は、本業のコンサルティングで、「なんとか新事業のタネをシリコンバレーで見つけたい」という日本企業の話を多く聞くが、似たようなジレンマに陥るケースは多い。シリコンバレーとはいえ、ベンチャーはしょせんベンチャーなので、売り上げは大企業から見ると小さく、また本業と異なる分野では事業のツボがわからない。「数百億円ぐらいの売り上げが確実に見込めるのか」とか、「既存事業と違いすぎて、ノウハウがなくて儲からない」などと言われ、結局何を本社に持っていけばよいのか、現場担当者が頭を抱えてしまうのだ。

キャッシュカウをうまく使う

とはいえ、逆に思いついた事業をやたらめったら始め、それが育たなくてもいつまでもやめられない、というのも、今度は投資対効果の悪い放漫経営になりかねない。

現実的には、この中間として、「キャッシュカウ」をしっかり保持しながら、そこから生まれるキャッシュを、成長分野をうまく選んで投資するという合せ技でいくしかない。本当はゼロックスもそれを目論んでいたが、成長分野が育たなくて失敗した。

富士ゼロックスのロゴマーク

富士ゼッロクスのドキュメント・ビジネスは富士フィルムの経営の柱となっている。

Thomas White/Reuters

買収する側の富士フイルムも、同じ技を使った。同社の場合、幸いにも、写真フィルムよりも寿命の長そうなキャッシュカウがいた。それが、富士ゼロックスのドキュメント・ビジネスだったわけだ。

写真フィルム市場のピークは2000年。富士ゼロックスの合弁はずっと以前の1962年に設立されているが、2001年に富士フイルムが持ち分を増やした。現在に至るまで、富士ゼロックスは富士フイルム・ホールディングスの稼ぎ頭となっている。

そして、ホールディングス全体の売り上げは、2016年度は前年度よりも売り上げが減少という趨勢にある。

今回の買収で、富士フイルムはもう一頭の牛を手に入れたことになる。期待の子牛がなかなか育たないので、もっとたくさんミルクを入手できるようにしたというわけだ。(なお、子牛の育て方のほうは本稿では取り上げない。)

ドキュメント・ビジネスは、すぐになくなってしまうわけではなく、ゼロックスも、続けようと思えばまだ続けられる。それが今回売却ということになったのは、またもやカール・アイカーンのプレッシャーが引き金になった、と言われている。

斜陽となった業界では、遅かれ早かれ企業統合が起こるが、これを適切なタイミングで主導できれば、キャッシュカウとして長く利用することができる。全プレイヤーがヘトヘトになるまで放置せず、まだ余力がある時点で、有力プレイヤーが同業者を買収すれば、買われたほうも無駄な浪費をせず*エグジットできる。プレイヤーの数が減れば、過当競争を回避してソフトランディングしやすくなる。その意味で、ゼロックスにとっても富士フイルムにとっても、いいタイミングであったのではないかと思う。

エグジット(イグジット)(Exit):投下した資金を株式公開や譲渡、企業売却などで回収すること。

逆のケースの典型が携帯電話機で、日本メーカーすべてがヘトヘトになって、国際競争力を失ってしまった。

特にシリコンバレーでは、「イノベーションをどうやって起こすか」「何が次の成長分野か」という話ばかりが注目されがちだ。しかし大企業においては、イノベーションを進めるためには、まずは既存の斜陽/成熟産業をどう扱うのか、新規事業とどういう関係に置くのか、というコインの裏側の戦略も重要なのである。 (文・ 海部美知 )


海部美知:ENOTECH Consulting CEO。経営コンサルタント。日米のIT(情報技術)・通信・新技術に関する調査・戦略提案・提携斡旋などを手がける。シリコンバレー在住。





コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です