大和元常務77歳、27歳社長の補佐役で「もうひと花」|出世ナビ … – 日本経済新聞



 定年退職し、もう少し働きたいと望んでも、70歳を超えるとそう簡単に仕事は見つからない。まして喜寿を迎えてなお、ビジネスの第一線で働ける人は極めて少ないだろう。これまでの経験や人格、識見などを評価され、ぜひにと請われて初めて実現するのではないか。大和証券の役員を志半ばで退いた77歳の男が、50歳も年下の青年社長の要請に応え、副社長として補佐することになった。リタイア後も、なお働く意欲を持つシニア世代にとって、なんともうらやましい、目標としたくなるような生き方だ。

 野島斌氏(77)は2017年7月、ラッキーバンク・インベストメント(東京・中央)の副社長に就任した。野島氏を招いた同社の田中翔平社長は27歳。年の差50歳のコンビが誕生した。ラッキーバンクは不特定多数の小口投資を募るクラウドファンディングで集めた資金を、不動産開発業者に融資する事業を手掛けている。創立3年目の若い会社だが伸び盛りだ。東京五輪を控えて首都圏ではオフィスビルのホテルへの改修工事といった再開発案件も多く、融資総額は100億円を超えた。野島氏は元大和証券の常務で、田中氏の父親と野島氏の先輩役員が親しかったことが、2人を結びつけるきっかけになった。

 野島氏は大和証券時代、人事、債券、経営企画、管理部門などを担当し、将来の社長の有力候補だった。1997年に起きた大手証券会社の商法違反事件の責任を取る形で、退任を余儀なくされた。野島氏にとって無念の退任だった。その後は上場投資会社の役員などを経て、大和証券グループの財団顧問を務めていたが、経営者としてリベンジしたい、最後にもうひと花咲かせたいという闘志は、心の底で静かに燃え続けていた。

「話していても、50歳の年の差は感じない」と野島氏(左)

 一方、田中氏は船井財産コンサルタンツ(現・青山財産ネットワークス)で富裕層の資産運用やコンサルティング業務を担当した後、3年前に独立し、起業した。若い社長をサポートしてくれる経験豊富な人材を探していたところ、野島氏を紹介された。「会ったその日に、ぜひこの人に来てほしいと思った」(田中氏)。野島氏には企業統治、コンプライアンス、経営管理などを担当するよう頼んだ。野島氏は社長の補佐役として、日々アドバイスする。長年、金融界で培った豊富な人脈は、顧客開拓にも役立っている。

 田中氏は「高度経済成長やバブル崩壊など、本でしか知ることがなかった時代の話を、野島さんから実体験として聞くことができる。それだけでも招いた価値がある」と語る。野島氏も「日ごろ話していても、50歳の年の差はまったく感じない。若い会社で、若い社長と一緒に仕事ができるのは楽しい」と笑顔で話す。

 気になる野島氏の給与だが、週3日勤務で、年金も合わせると年収1000万円を超えるほどだという。社長には「もういらないと思ったら、いつでも切ってくれ」と伝えている。田中氏は「できるだけ長くいてほしい。あと50年、私が今の野島さんの年になるまで、一緒にいてほしいと思うくらい」と信頼を寄せる。心身共に元気なうちは、仕事をしたいと願うシニアは多い。野島氏のように、これまでの経験を生かし、待遇面でも相応の評価を受ける仕事に就ければ、こんな幸福なシニアライフはない。

(編集委員 鈴木亮)





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